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ふれあい広場

東京ふれあい医療生協 ふれあい訪問看護ステーションの公式ブログです。

ステーション内の出来事などなど、面白おかしく紹介します。


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病院家政婦
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    昔話のようですが、病院に家政婦さんがいたことをご存じでしょうか?
    個人経営の100床ほどの病院で働いていたことがある私。当時は、准看護師でした。
    各お部屋にいらっしゃって、24時間、患者さまの身の回りのお世話をしていた方達です。
    体温計を配ると、測っておいてくれて、排泄回数も数えており、教えてくれるという方々。

    そんな、病院家政婦をしていたお婆さんが亡くなりました。
    生涯独身。独居で、糖尿病・認知症・てんかん・脊柱管狭窄症などがあり、
    歩行も不安定な状況。インスリンも、服薬も確認が必要な方でした。
    兄弟とも疎遠。風呂なしの住居。急な階段を上った二階が住まいでした。

    食べ物は、食べるスイッチが入れば、時間関係なく、全て食べてしまう。
    血糖コントロールのため、必要量以上の食物は置いていない状況。
    芳香剤を匂ってみたり、異食の危険もある彼女。

    ヘルパーさんも、ケアマネさんも、ボランティア的な気持ちを持って手を差し伸べ
    生活維持してきました。
    人なつっこいお婆さんは、大きな目に、長く伸びた白髪を一つにしばり
    訪問中は、『ま〜た、来たのか!』『調子?良くね。(良くない。)』『隣の人が、話、聞いてるんだ。
    大きい声は出すなよ〜。』
    『あそこ、行ってきた。(DS)疲れる。できればいぎたくね。(行きたくない。)』
    『立てなくなったな〜。どうしようもね。これじゃあな〜。』
    『家政婦ん時は、色々やらされた。』『看護婦の仕事もやらされた。』『痛い、痛いっていう人が沢山だ〜。
    大変だった。』『オムツも沢山変えた。』

    住みこみで働いていた時代。今は馴染みがないけれど、平成のはじめまであった制度。
    疼痛コントロールも、今ほど進んでおらず、我慢を強いられてきた人々に寄り添っていたであろう
    彼女の『大変だった。』
    重い言葉だな〜と思った。

    訪問の帰り。
    いつも、急な階段まで出てきて、私の姿が見えなくなるまで手を振り続ける彼女。
    四六時中、人と関わってきた彼女の晩年は、一人の時間が多すぎて、
    寂しい思いをしていたのかもしれない。
    今も、家の近くを通ると、手を振る彼女の残像がよみがえってきます。
    天国・・・。会いたい人に会えて、人に囲まれて笑っていますように。








     
    | ランナーA | 10:55 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
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      | - | 10:55 | - | - | - | - |
      ランナーAさん。あなたのコメントを見ると、利用者に寄り添っていかなくてはいけないんだ!と改めて考えさせられます。その方がどんな人生を歩んで来たのか、信頼関係がなくては、聞けないですよね。
      天国できっと、自分の事を思ってくれたAさんのことを思いかえしてにこにこ笑って見守ってくれているんだと思います。
      | 暁 | 2014/06/29 1:27 AM |

      もう20年以上前、個人病院にいた家政婦さん思い出しました。初めての看取りはそこで教えてもらいました。
      | 2011V13 | 2014/06/22 12:26 PM |










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